グリニッジの標準時の話

1884年(明治17年)にアメリカ・ワシントンで国際子午線(しごせん)会議が開かれ、25ヶ国が出席して、イギリス・ロンドンのグリニッジ天文台を通る子午線を経度の基本とすることが決まりました。

グリニッジは政治的に安定しており、第一級の天文台を有するという点で1881年(明治14年)に開かれた国際地理学会で基準子午線の候補地にあがっていました。

それまで各国各地がばらばらに経度と時刻を使う地方時を採用していましたが、各国の交流が増え、交通、通信の発達に伴い混乱が生じることを防ぐため、世界共通の時刻制度が必要になったためです。