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オール・アジアで築く時計の未来

Speakers

基調講演(製造・技術)

独立時計師 │ 菊野 昌宏 様
1983年 北海道深川市生まれ。陸上自衛隊勤務を経て時計の道へ。2008年 ヒコ・みづのジュエリーカレッジウォッチメーカーコース卒業。卒業後同校の研修生として在籍し、独学で時計作りを始める。世界で初めて自動割駒式和時計を腕時計サイズとして制作した「不定時法腕時計」が認められ、2011年AHCI(独立時計師協会、通称アカデミー)準会員となる。2013年には日本人初のAHCI正会員に認められる。2015年「和時計改」、2017年 ムーンフェイズ搭載モデル「朔望」を発表。

独立時計師 菊野昌宏の仕事

時計は構成部品の多さ、部品の複雑さから、早くから分業化がなされ、互換性を持った部品を機械によって大量生産するアメリカ的生産方式を、早くから取り入れて生産されてきました。それでもなお高価なものでしたが、時代が下るにつれ、機械が発達し、技術が向上し、仕事の分配が適切になされることにより、驚くべき低価格で、優れた品質をもつ時計が作られるようになりました。

独立時計師はそんな時計作りの歴史に逆行するように、個の力で時計作りに向き合う存在です。自ら着想し設計図を描き、部品を制作し、組み立て、調整、仕上げを行い一つの時計を作りあげます。当然、均質的な品質、納期、生産数、価格では、現代の効率的な時計作りには到底敵いません。それにもかかわらず、何年待っても欲しいという顧客は後を絶たない。そこにはどのような魅力があるのだろうか?

時計の価値が製品と価格だけで決定されるのであれば、独立時計師は生き残れなかったことでしょう。価値は製品そのもの以外の部分にも存在していて、背景にある物語が製品の魅力を引き立たせているのです。

私の時計作りの大きな特徴は手作業です。現在、ほとんどの時計メーカーではコンピューター制御の機械を用いて時計が製造されますが私は使いません。なぜなら思い描いたものが、自らの手によって生み出される喜びを知っているからです。また、手作業で物を作る様子は、専門的知識がない人でも直感的に理解できます。手は大抵の人に備わっており、誰の手でも同じような動きしかできないからです。そして一人の人間が一つの時計と向き合いながら作ってゆく。そのプロセスを理解できるからこそ、その時計が生み出される苦労と喜びを共有することができるのです。
つまり制作過程を可視化することによって、自分の時計が作られてゆく過程が物語となり、より深い理解と共感、満足につながるのです。

工作機械の発達により個々の差別化が難しくなりつつある今、製品の質、価格に加え、「物語」による差別化が求められることでしょう。

基調講演(マーケティング)

時計専門誌『クロノス日本版』編集長 │ 広田 雅将 様
1974年大阪府生まれ。サラリーマンを経て2004年からフリーのジャーナリストとして活動。2016年から現職。朝日新聞&M、『GQ JAPAN』、『日経MOMENTUM』などに連載多数。ドイツの時計賞”Watchstars”審査員。

時計学会講演ダイジェスト

2015年にApple Watchが出現した後、いわゆるスマートウォッチは急速に市民権を得つつある。アジア圏ではまだまだ広がりを見せていないが、現在の北米市場を見ると、300ドル以下のカテゴリーは、その50%以上をスマートウォッチが占めるに至った。対して各社は、競争力を上げるべく、商品構成の変更を余儀なくされた。好例がタイメックスだろう。同社は長年機械式時計に距離を置いていたが、2017年には、200ドルの機械式時計「マーリン」をリリースした。またセイコーも機械式時計の「プレザージュ」を拡大し、低価格帯における機械式時計の割合を増やそうとしている。加えて日本のメーカーは、ソーラー技術にGPS機能を足した高機能時計で、単価の向上に努めている。

しかし一層見るべきは、野心的なアジアのメーカーや時計師たちの試みだろう。日本を含む時計メーカーの多くは今や、スイスとドイツの牙城である高級時計のジャンルに挑もうとしている。香港のメモリジンは、かつて安価なトゥールビヨンを製作していたが、今やユニークなキャラクターとのコラボレーションにより、世界的な名声を得つつある。中国のLogan Kuan Rao(饶宽)も、今後の活動次第では、アジアにおける独立時計師の第一人者となるだろう。現在、スイスやドイツの時計メーカーと、彼らの作る時計に、品質上で有意な差はなくなった。

日本メーカーの動きも興味深い。2017年にグランドセイコーを独立ブランド化させたセイコーは、海外進出をいっそう加速させている。支えているのは高度なブランド戦略と、ブティック化であり、これはスイスの時計メーカーが得意としてきたものだ。エプソンはTRUMEという高額な高機能時計と、安価な機械式時計の「オリエント」と「オリエントスター」で、北米市場の深堀を行おうとしている。またカシオは、巧みなマーケティングによりG-SHOCKを世界的なブランドへと成長させた。現在、300ドル以下の価格帯で、Apple Watchに敵うだけのブランド力を持つのは唯一G-SHOCKであり、同社が取ったマーケティング戦略は、同じようにブランド化を進めるアジア各社の規範となるだろう。

一方、買収戦略で成長するのは、シチズンである。中国や香港のリテーラーによる買収と異なり、シチズンはフレデリック・コンスタントの持つ広範な販売網に関心を持ち、傘下に収めた。スマートウォッチの台頭により、高価格帯へのシフトを余儀なくされるメーカーは、今後ますます、販売網の維持と、その拡大に努めざるを得なくなるだろう。

スマートウォッチへの対応と、高級時計へのシフトは、今後アジアの時計産業が生き残る上で、決して見逃せないファクターである。今回の講演では、これらの事項を、具体的なケーススタディーとともに紹介していきたい。